第34章 天女のノート 【光秀】
「お前は…」
私の腕を掴んでいる男が口を開いた。
「上杉謙信の女だな」
……え?私が?
「ち、違います!!」
「調べはついてるんだ、あの軍神からずいぶんな寵愛を受けてるってな」
……??
「だから本当に違うんですっ!そんなことある訳ないじゃないですか!謙信様は女嫌いだから怖くて怖くて近寄れないぐらいなのに!!」
「……」
全力で否定したら男は一瞬ひるんだけど、
「……まあいい、確かめるのは後でもできる」
私の腕を引いて無理矢理立たせようとした。
「…た…助けてっ!…光秀さんっ!!」
私は必死に叫んでいた。
………すると、
「現金なもんだな、名無し」
凛としてよく通る低い声が響き、振り返る。
「さっきまで俺から逃げようとしていたくせに、身に危険が及ぶとちゃっかり助けを求めるとは」
悠然と光秀さんが歩み寄ってきた。
肌も髪も瞳の色も、全体的に色素の薄いその姿は、薄暗い路地の中で内側から光を放っているようで、長身の体躯がさらに大きく見える。
「だがそれでいい。俺は、お前の護衛だからな」
「光秀さん!…」
まばたきをした一瞬の間に、もう光秀さんは側にいて、
私の手を引いていた男の腕をつかんで捻り上げるとグイッと背中へとまわし、そのまま顔から地面に叩きつける。
「ぐはっ…!」
つぶれた蛙のようなうめき声をあげた男の首筋に、光秀さんはさらに手刀を打ちつけ、当て落とした。
すごい…
一連の動きがよどみなく流麗で、佐助くんが鮮やかだと感動していた気持ちがよくわかる。
光秀さんは長い腕をスッと広げ、男たちから私を庇うように立ちはだかった。
その軽装の着物ごしでも、盛り上がった肩から背中にかけての筋肉がありありと見てとれる。
この人は強い
やはり一流の武将
それをあらためて思い知らされた。
奇声をあげてがむしゃらに刀を振り上げる二人の男たち。
光秀さんは抜刀もせず、ゆらりと体を前傾させて彼らの懐へと飛びこんでいく。