第34章 天女のノート 【光秀】
「…それから…えっと…そうだ、花売りの行商が出てないか探したんだ…」
「それで何やらウロウロしてたのか」
あれ?ウロウロしたって知ってるの?
ちらりと疑問を抱いたけど、
「…はい。旅籠の奥様にお花をあげたくて。でも今日は見つからなかったから諦めて、それから近くの反物のお店に行って糸を買って…。あっ、お金を払うときに置いた…!」
確実な記憶にたどり着いたことで、それはすぐに吹き飛んでしまった。
「じゃあ、そこだな。行くぞ」
光秀さんはぽんっと私の頭に軽く手を置いてから、踵を返した。
「はい!」
なぜか当然のように一緒に行くことになってるのが気になったけど、急いでお店に向かった。
無事に風呂敷包みを見つけることができ、心からの安堵で自然と顔がほころぶ。
「良かったな」
「はい、ありがとうございました!」
お礼を言うと光秀さんの薄い唇がふっと弧を描いた。
何かこの空気、すごく変な感じ。
おかしいよ、敵の立場で警戒しなきゃならない人なのに、何でほっこりしてるの、私。
光秀さんは何を考えて私について来てるのだろう。
油断ならない策略家、きっと何か企んでいるはず。
どうしていいかわからないまま旅籠に向かう途中、路地にさしかかったとき、
「名無し、少しここで待っていろ」
光秀さんが言った。
「?」
「なに、すぐに戻る」
あ、これは逃げるチャンスでは。
「逃げるなよ」
「……」
え、なんでバレたの?
「なぜわかるのかって、今考えたな」
ことごとく思考を読まれてしまい言葉に詰まっていると、光秀さんは目を細めて妖しく微笑み、行ってしまった。
狐の化け物…
幸村の言葉が頭をよぎってゾクリとする。
やっぱり逃げようかと迷っていたら、背後に人の気配を感じた。
振り返るより先に強く腕を掴まれて、抱えていた風呂敷包みがバサッと地面に落ちる。
そのまま裏路地に引き込まれ、その勢いで私は転んだ。
そこには三人の男がいて、私に刀を向けている。
日がほとんど届かない薄暗い空間、その中でギラリと光る刃。
(この人たちは誰…?怖い…どうしよう…)
恐怖からぎゅっと身がすくむ。
(光秀さん、早く戻ってきて!!)
さっきまであれだけ警戒していた人に、私は心の中で助けを求めていた。