第34章 天女のノート 【光秀】
ある日
春日山城の庭をほうきで掃除していた私は、
「…名無しさん…」
聞こえてきた弱々しい声に振り返った。
そこには、地面に倒れ伏した佐助くんが!
「大丈夫!?」
慌ててほうきを放り出して駆け寄る。
「すまない…不覚を取った…」
「一体どうしたの?」
「…ゲホッ…ゲホッ…!」
彼は起き上がれない様子で、さらに咳きこみ始めた。
これは病気?
それとも、忍者の彼が『不覚を取った』というのは、敵に深手を負わされたってこと?
そう思ったらゾッと背筋が凍りつく。
「ごめん…。未来に帰れるのがだいぶ先になってしまいそうだ」
「え?…」
「大事なものを失くした…。ワームホール発生を予測するための観測データを記録してきたノート。それが無いと発生の位置や場所が正確にわからない」
「……」
「4年以上かけてデータを集めて、ようやく法則が見えてきたのに…。俺の不覚のせいで君に申し訳なくて」
いつもはほとんど表情が変わらない佐助くんなのにぎゅっと眉根を寄せていて、そこから強く悔しさが伝わる。
「ううん、謝ることないよ。それより大丈夫?…あっ!」
その時、ちょうど通りがかった幸村の姿が目に入った。
「幸村ーっ!!来てーっ!!佐助くんが大変なの!!」
私が大声で呼ぶと幸村は血相を変えて駆けて来て、佐助くんを抱え起こす。
「…佐助!どうした!?誰にやられた!?」
「ゲホッ…ゲホッ…あ…明智…光秀…ゲホッゲホッ!」
「何だと…!」
瞬時に幸村の表情が険しくこわばる。
明智光秀……
私がタイムスリップしてから偶然、織田信長を助けた時に会った人だ…
切れ長の目が印象的な顔が思い浮かぶ。
上杉武田軍にとっての敵。
佐助くんは弱々しい声のまま経緯を話し始める。
「……城下に…彼がいるのを見つけて…思わず嬉しくなって」
ん?
「……あ?何で嬉しくなんだよ?敵だろーが」
「そうだけど、あんな大物が町人に紛れるほどの軽装で、オフな感じで歩いてる姿なんて激レアで。色々と謎が多い人だから」
ああ、佐助くんは戦国武将マニアだもんね。
「おふ?…だの、れあ?…だの、意味わかんねー。で、どうした?」