第28章 五色の夜 春日山城編3 【謙信】
「名無し、着替えろ」
「えっ、そ、そんな、いいです。申し訳ない」
「いいから、早くしろ」
「は、はい…」
実際に着てみると、その着物と帯の美しさ、さらに組み合わせの妙に驚いた。
夢のようにはかない色彩のグラデーションが描かれている着物。
帯は趣があり、重厚な色で全体を引き締めてくれる。
昨日の信玄さまの見立ても素晴らしかったけど、それとはまた別の美しさ。
「謙信さま、とても素敵です。ありがとうございました!」
嬉しくて心が弾んで、お礼の言葉を言うテンションが高くなってしまう。
「行くぞ」
謙信さまはふいっと目をそらし、私の手を再び引いて呉服屋を出た。
しばらく歩くと、着いたのは宿だった。
「今夜はここで休み、明日、帰る」
それは泊まるってこと…?
「え、でも…」
「お前の足はもう限界だろう」
「いえ、大丈夫です!このまま歩いて帰れます。謙信さまのお時間をそんなに取らせるわけにはいきません」
「いいから無理をするな。先ほど言っただろう、用心しろと」
振り返った謙信さまの表情と声はまたしても重々しくて、有無を言わさない迫力があった。
すごく心配してくださってるんだな。
「はい…」
私はこくんと頷いた。
あ、でも…
「信玄さまたち、まだ心配してますよね」
「すでに使いを送り、お前の無事を知らせている」
いつのまに?
そんな手配をしてたのを、まったく気づかなかった。
宿は混んでおり、残り一室だった部屋に通される。
謙信さまの言いつけで、布団は二組用意され、間には仕切りとして衝立が置かれていた。
…これ…何もないよね…?
昨日の幸村とのことがあり、私は変に意識してしまう。
同じ部屋に泊まることになったけど、それは私の体調を気遣ってのこと。
今日は別に、そういうのじゃない。
湯浴みをしてから部屋に入ると、すでに謙信さまは戻っていて、障子をあけた窓辺でお酒を飲んでいた。
外に広がっているのは濃い墨色の夜。
満ちてきた月と星の輝きが一層映える。
窓はそんな夜空を切り取る額縁のよう。
その前にたたずむ謙信さまの姿は、繊細なタッチで描かれた美しい絵画そのものだった。