第28章 五色の夜 春日山城編3 【謙信】
沈黙を破って、
「死ぬかと思った、と言っていたが、あの浪人どもがお前に乱暴狼藉をはたらいたのか?」
謙信さまが私に問いかける。
「いえ、そもそもは道を間違えた私が周りを見ずに走り出して、ぶつかったのが原因です」
経緯を詳しく話していたら、浪人たちにすごまれたときの怖さがよみがえり、声が震えた。
「こ…ころされるかと思ったけど、佐助くんのまきびしのおかげで逃げられました」
「…」
そのとき、膝の力がぬけて足首がガクッとなり、私は少しふらついた。
繋いでいた謙信さまの手に力が込められ、すぐに支えてくれる。
「あ…ありがとうございます…」
謙信さまは何も言わず、沈黙が気まずく感じた私は喋り続けた。
「昨日も幸村にぶつかって注意されたんです。危ないから周りを見ずに走るな、余計なことに巻きこまれるって忠告してくれたのに、言われた通りになりました。私、いつもそうなんです。周りが見えてなくて失敗してしまう」
「…」
「私がいた未来は日常に戦がなかったけれど、ここでは失敗が命とりになるって、思い知りました」
私は一人でペラペラと話し続けた。
命の危険を感じたことで、脳が興奮状態だったのかもしれない。
「お前のいた世とこの乱世はまるで違う。恐怖を感じたことだろう。戦乱に抗うすべのないお前の命は儚いと自覚し、反省しているのなら本気で用心しろ」
ピシャリと言い切る謙信さまの言葉がズキンと心に刺さる。
私、甘かった。
「はい…」
泣きそうになりながら返事をする。
「わかればいい。女は危険な目に遭わず、安穏のうちに生涯を過ごすべきだからな」
その声は穏やかで優しく
そして悲しげで
まるで水面にそっと波紋が広がっていくように私の胸に沁みていった。
城下町に着くと、もう夜になっていた。
謙信さまは私の手を引いたまま呉服屋に入る。
「さあ、選ぶがいい」
「え?」
「着物がずいぶん汚れているだろう」
新しいものを買いなさい、ってことかな。
でもここは高級なお店で、並ぶ着物はどれも素敵だけど私のお金じゃ足りない。
このままでいいです、と言おうとしたら、
「迷っているのか?じゃあ選んでやる」
「いえ…あの…」
謙信さまはじっと私を見つめ、それから店内を見回すと、迷うことなく着物と帯を選んだ。
そして、店主にお金を渡した。