第28章 五色の夜 春日山城編3 【謙信】
「はい…」
馴れ馴れしかったかな、と反省してたら、
「目視では異常なかったが、見えない範囲に怪我はないか?」
背を向けたまま聞かれた。
お尻や膝は痛いけど、大したことじゃないよね。
「あるなら正直に言え」
くるりと振り返った謙信さまの表情も口調も、なぜか重々しい。
脅迫にも近いその迫力に、
「ろ、浪人にぶつかって尻もちついたときに打って、お尻が痛いです…あと、さっき転んだので膝が少し痛いです…」
おずおずと申告すると、
「そうか。なら乗れ」
謙信さまは淡々と言った。
乗れ…って?
一瞬、理解できないでいたら、謙信さまは私に背を向けて屈む。
おぶってくれるってこと?
「い、いえいえ!!大丈夫です!!歩けます!!」
申し訳なさすぎて絶対無理!!
必死に首を横に振る。
「歩けるか。なら、もう転ばぬよう掴まれ」
謙信さまは手を差しのべた。
「…はい。ありがとうございます」
それも恐れ多いけど、断るのも申し訳ない。
こわごわ重ねた私の手を握って謙信さまは歩き始めた。
「そうか、久しく忘れていた」
ポツリと聞こえたその言葉の意味は何だろう。
それにしても、まさかこんなことになるなんて。
女嫌いで有名で、気に障ることをしたら斬られるかも、と怖くて近寄れなかった謙信さま。
春日山城に来たばかりの頃に挨拶したら凍りつくようなそっけなさで、いまだに同じ空間にいるだけで緊張してしまう。
でも今日は、私を探してくれたり、怪我がないか気にしてくれたり、さらにはおぶってくれようとしたり。
口調は淡々としてるけど、すごく優しい。
そういえば、昨日も幸村に手を引かれて歩いたけど、その感じと違うな。
幸村は決して乱暴ではないけど私の手を強く握り、大きな歩幅で歩いていた。
謙信さまはそっと包むように私の手に触れ、歩調も明らかに合わせてくれている。
何でだろう、謙信さまは女嫌いのはずなのに、女性への気遣いがすごくある。
少し独特だけど…。
女性に接するのも慣れている気がする。
女嫌いというより、以前は普通に接していたけど何かをきっかけに、今はわざと遠ざけようとしている感じ…?