第19章 託された花2 【家康】
「佐助!俺という主君がありながら何故、徳川家康にそこまで思い入れる!」
「いや、それは…」
佐助に詰め寄る謙信を横目に、名無しは家康に向き直り笑顔で見つめた。
「家康、本当にありがとう」
「…」
「心から感謝してる。私も…何かお返しがしたい」
「…そんなの…いいから…」
笑顔が眩しくて、見つめられると何だか落ち着かず、もう名無しと真っ直ぐ目を合わせられない。
たまらず視線を落とすと彼女の美しい左手が目に入る。
それに触れて唇で愛で続けた昨日の夜が頭に浮かんできて、家康は更にあたふたした。
頭に血が上り、耳まで熱くなっていくのを悟られないように背を向ける。
「もう巻き込まないでよ…」
名無しを前にして自分を律する自信はもう無い。
もし同じような事が起きたら、今度こそ理性を失ってしまうかもしれない。
「…はい…ごめんなさい」
しおらしく謝る名無しに、突き放すような言い方をしてしまったのを後悔する。
(……だけど……)
恋慕を断ち切るのは到底不可能で、会えなくなるのは嫌だった。
「…内容によっては助けてあげてもいい。だから、何かあったら先ず、俺に言って」
「うん、ありがとう」
生きていると何があるかわからない。
謙信の寵姫となり安土城を去った名無しが自分の元に連れて来られ、更に脅威的な力から彼女を守るべく奮闘するなんて、数日前まで夢にも思わなかった。
いつかまた、自分と彼女の時間や運命が重なる日が来るかもしれない。
それでいい、家康はそう思った。
雨に洗われた新鮮な空気
抜けるような青空と明るく輝く太陽の下
家康は自身の御殿へ、謙信たちは春日山城へとそれぞれの帰路についた。