第19章 託された花2 【家康】
春日山城に平穏が戻った。
謙信の寵愛は相変わらずではあるものの、不安にかられ感情をぶつけるように名無しを抱く事は無くなった。
溺愛し、とにかく甘やかして愛でる。
名無しの色香も変わらずだが、本人も周りも出来るだけ気を配って上手く過ごす日々。
庭師には、春日山城に戻らないかと佐助を通じて打診した。
「大変な事をしでかした私なのに…御厚情に感謝します。折角ですが、信玄様に取り計らっていただいたこの場所で、私は今後もお世話になりたいと思います。大変心苦しいのですが…」
「いえ、どうかお気になさらず。新天地で頑張っているのですね」
庭師は佐助に鉢植えの花を託した。
それは見事に咲いた大輪の芍薬の花。
重なり合った花びらは外側は朝焼けのような東雲色、内側に入るほど檸檬色へと色調が変化していき、何とも神秘的で美しい。
初夏にふさわしい爽やかな香りを漂わせている。
牡丹に似ているが別の花。
堂々とした花姿は、決意新たに勤しむ庭師の心を表しているようだった。
「綺麗…」
届けられた芍薬の花をうっとりと見つめる名無し。
その様子を目を細めながら愛おしそうに見つめる謙信が、
「綺麗だな…」
と、同じように呟くと、
「はい!」
名無しは嬉しそうに声を弾ませ、更に顔を明るく輝かせた。
謙信の心は、嵐が去った後の晴れた海のように穏やかで
愛しい人の笑顔は、陽光のように心の水面を煌めかせた。
(心地良い…)
胡座をかいた足の上に名無しを引き寄せて座らせる。
包み込むように抱き締めて、この幸せが永遠に続く事を願った。
終