第19章 託された花2 【家康】
永遠に続くように思われたワームホールの脅威だったが、次第に風がおさまり雨が弱まってきた。
見上げた空は黒い雲が流れ始め、その切れ目から幾筋もの光の帯が射し込んでいる。
その神々しい景色に家康は息を呑んだ。
「…回避できたのか…」
「……あ……」
同じように空を見上げた名無しの顔も、挿し込んだ光に照らされる。
「ありがとう…」
感極まった様子で名無しが言った。
「そのようだな」
謙信は名無しの肩を両手で包んで少し屈み、目線を合わせて語りかけ始めた。
「名無し、本当にすまなかった。大人気ない行動を取りお前を傷つけ負担をかけた…」
「謙信様…」
名無しはふるふると首を横に振る。
「更にこんな事になるとはな…」
「でも……この時代に残れて…良かった…。これからも謙信様と一緒にいられる…」
晴れやかな笑顔を浮かべた名無しを引き寄せ、両腕で抱き締めた。
「お前はいつも言ってくれていたな。私は謙信様のものです、と。常に真っ直ぐな眼差しを俺に向けてくれていた。周りの男など全く意に介するところでは無かったのに、お前が魅力的すぎて不安になり、年甲斐もなく惑ってしまった…」
雨に濡れた彼女の髪に口づけ、愛おしそうに大きな手で撫でる。
「お前を失わずに済んで本当に良かった。名無しがいない世界など考えれない」
「私もです…」
光に包まれながら抱き合う二人。
それを腕組みしながら見つめる家康。
切なさを覚えるものの、清々しい気分だった。
全力で名無しを守り、この時代から失わずに済んだ。
そして花のように咲いた笑顔…。
胸の中は充分満たされていた。
名無しの背中をポンポンと優しく叩いてから身体を離し、くるりと振り返った謙信。
「……徳川…家康……」
物々しい雰囲気を醸し出しながら低い声で名を呼び、家康に近付いていく。
「…俺の名無しを…」
「謙信様っ!…家康は私を助けてくれて…!!」
庭師との一件が頭に蘇り、名無しは必死に謙信の前に回り込んだ。
「助けてもらい…感謝している」
「え?」
予想外の言葉。
呆気にとられる家屋。
抜刀を覚悟し、刀の柄にかかっていた手がぽとりと落ちる。