第19章 託された花2 【家康】
「何?」
「わーむほーるって何だ?」
幸村が首を傾げる。
「時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域で抜け道のようなもの。それに巻き込まれて、俺と名無しさんは未来からここへ飛ばされてきた」
「それがまた発生するのか…」
「ずっと観測は続けていたんだが、そこから導き出されるのは1ヶ月後の発生予想だった。だけど、ここ数日でなぜかデータに急激な異変があり、発生が早まる兆候が見られた」
「どこに発生する?」
「その割り出しに苦労したのですが、それが…安土…名無しさんを預けた辺りなんだ」
「佐助、案内しろ!名無しを迎えに行く」
普段通りの凛として張りのある謙信の声。
そして名無しを取り上げた時とは打って変わって、清々しいものとなっていた表情に、
(もう大丈夫だろう…)
と、佐助は悟った。
「はい!」
「幸村、もう遊びは終わりだ」
「何だよそれ、全く、勝手だよな…」
ぼやく幸村に謙信は整った唇に笑みを浮かべる。
「なかなか愉しませてもらった」
刀を鞘に納めるキンッ、という音が小気味よく響いた。
(雨……?)
雨音で目を覚ました家康。
名無しの部屋を後にしてから悶々としていたが、いつの間にか眠っていたようだ。
外は薄っすらと明るくなってきている。
布団に横になったまま、両手を上げてそれを見つめた。
思い出すのは昨夜の名無しの手の感触。
ずっと忘れずにいたい、そう思った。
雨音は次第に強くなっていく。
それに混じって
「家康…」
かすかに名無しの声がした気がして、勢いよく体を起こし、廊下に出て襖越しに様子を伺った。
「名無し…?」
「家康…」
今度ははっきりと聞こえた。
「どうした?」
「お願い、私を連れて逃げて…」
「え……」
一瞬、家康の思考が止まる。
(…私を、連れて、逃げて…?)
名無しから駆け落ちを持ち掛けられたかと思った。
(…私を、連れて、逃げて…?)
もう一度その言葉を反芻した瞬間、ピンときた。
「わーむほーるとかいうヤツか…!」
「そう、この雨…発生の兆候のような気がして…」