第19章 託された花2 【家康】
動揺を振り払おうと別の話題を探した。
「あんた、春日山城で普段は何してたの?」
「お針子仕事と…後は、読み書きや乗馬、弓を習ったり」
「ああ…」
安土城にいた時も同様に、彼女は他の武将たちから出来るだけ色々と学ぼうとしていた。
この時代で生きていく術を身につける為に。
「ふーん、ここにいた時にも勉強してたけど、続けてたんだ。そういうの…嫌いじゃない…」
嫌いじゃない、どころかそれを好ましく思っていたのに、なぜかこんな言い方になってしまう。
ここでは読み書きは三成、乗馬は政宗が教えていて正直、家康は羨ましかった。
「じゃあ、今、ここで俺が教える」
少しでも名無しの気が紛れればいいと思った。
「え…」
「何がいい?」
「あの…」
名無しは迷っている様子。
そんな気分になれない、そう断られるかと思ったのに、
「…薬の作り方…前から知りたかったの」
「いいよ。待ってて」
意外な名無しの返事に家康は小躍りしそうな気分だったが、気を落ち着けながら小さな文机を持ってきて廊下に置き、そのまま指南を始めた。
名無しはもう泣き止んでいて、興味深そうに聞き質問をする。
(何これ、変な光景)
そう思いながらも、家康にとって何だか嬉しい二人きりの時間が過ぎていき、いつの間にか空には美しい夕焼けが広がっていた。
「じゃあ、今日はここまでね」
「家康…色々とありがとう。ごめんなさい、たくさん迷惑かけてしまって…」
先程までの質問の時とは違い、名無しの声がひどく儚く感じ、また心配になった。
どんな言葉をかけたら彼女を安心させられるのだろう。
「…あのさ…不安だと思うけど…待とう。佐助たちはあんたの為に尽力してる。そのうち状況を落ち着かせて、迎えに来るよ」
気の利いた事を言いたかったのに思い浮かばなくて、とにかく率直に言った。
「…うん…」
名無しの短い返事には、少し安堵したような響きがあった、そんな気がした。