第19章 託された花2 【家康】
迷いながらも声をかける事にした。
「大丈夫?…」
その瞬間、かすかに名無しが息を呑む音がした。
「部屋には入らない…だから怖がらなくていい」
「……」
「庭師は無事だよ。武田信玄がいい再就職先を斡旋するみたい。それと、牡丹の花も無事。庭師と今川義元がどこかに移したって」
「……」
名無しは無言のまま。
どんな様子かはわからないけど、家康は話し続ける事にした。
「真田幸村が謙信の相手をしてる。そのうち佐助も戻るし、頭冷えるでしょ。あの二人はまあ手練だし大丈夫。だからあんたは何も心配しなくていいってこと」
そんな単純な話では無いのは百も承知だけど、あえて軽く伝えてみた。
「……」
細くて小さな名無しの泣き声が続く。
それを聞きながら家康は彼女の境遇に想いを馳せた。
突然、全く違う時代に飛ばされるなんて、ましてや戦の無い平和な世界から乱世へ。
どれほど難儀だっただろう。
そんな中で名無しは生きていく為に笑顔でよく頑張っていた。
「………好きなだけ泣きなよ。あんた、泣きたい時があっても、泣けなかったんじゃない?」
「ぅ…ひっく…」
名無しは子供のように泣きじゃくる。
まさか、そこまで激しく泣くとは思ってなかった家康は、
(…!!…俺、余計に激しく泣かせた?)
焦りながらかける言葉を必死に選んでいると、
「…ありがとう」
消え入りそうな名無しの声が聞こえ、ホッとして頬が少し緩んだ。
「俺はまだここにいるから、何かあれば言って」
「うん…」
彼女が泣いていると胸がシクシク痛む。
何か力になりたい、たとえ襖越しでも。
部屋に入れないのはかえって好都合かもしれない。
これなら色香に惑わされない。
家康がそう思った時、襖が細く開き、そこから座布団が差し出された。
一瞬だけ見えた美しい手に家康ははっとした。
「…ごめんなさい、廊下にいさせてしまって…」
「…」
廊下にいれば動じないと思ったばかりなのに、名無しの手を見ただけなのに、明らかに動揺してしまい鼓動が早くなっている。
(何なのこれ…)