第19章 託された花2 【家康】
赤い痕は無数にあり、腫れていたり、痛々しく血が滲む箇所も。
「‥‥軍神の奴‥‥」
込み上げる腹立たしさに、家康は吐き捨てた。
足の裏は土で汚れており、佐助の話と照らして壮絶な場だったのを感じる。
すべて丁寧に拭き取ると、傷には化膿止めの軟膏をそっと塗っておいた。
清潔な着物を慎重に着せて、布団でくるむ。
未だに目を覚まさないのが心配だが、とりあえずほっとした。
名無しは少し痩せただろうか?
思い出されるのは安土城を離れた日の彼女。
花のような笑顔が咲き、幸せそうに去って行った姿。
それを見た時に寂しさと、どういうわけか一抹の悔しさを覚えて、家康はそんな自分自身に驚いた。
あの娘はどういう存在だったのか?
未来からやって来ただなんて突飛な事を言い、言動も妙なものばかり。
それでもなぜか気に掛かるし、いつも目が離せなかった。
去ってからは心にぽっかり穴が空いたように感じ、2ヶ月経ってもそれは変わらない。
あの娘を好いていたのか…?
もう謙信の元へ行ってしまったのだから、その答えを出しても何の意味も無い。
努めて、それ以上は彼女の事を考えないようにしていた。
それなのに…
何の因果か自分の元へ。
それも艶を増して。
家康は深いため息をついた。
その後に名無しは熱を出した。
家康は表向きには自身の体調不良という事にして政務を休み、つきっきりで名無しを看病した。
注意深く症状を診て、室温に気を配って身体を温めたり、水や薬を飲ませたり、汗を拭いたり。
彼女が時折目を覚ましても朦朧として、うわ言で謙信の名を呼ぶのを複雑な思いで聞いた。
半日後に容態は落ち着いてきたが、そうなると別の懸念が増していく。
傷の手当で見た名無しの裸体が頭から離れない。
(情けない…最悪…医者失格…)
穏やかになった寝顔を見ても家康の心中は穏やかでは無い。
名無しの清拭や着替えは、長年、家康に仕え信頼できる女中頭に任せた。
やがて名無しは目を覚まし、家康がひとまずホッとしたのも束の間、すぐに彼女は錯乱状態に陥る。
「謙信様は?謙信様はどこ?!」
「名無し、大丈夫?落ち着いて」
「家康?…どうして?」
状況がわからず、目を見開いて辺りを見回す名無し。