第18章 託された花1 【謙信】R18
翌日、とうとう咲いた大輪の牡丹の花。
波打つ絹のような薄桃色の花弁が幾重にもかさなり、それは見事な花姿だった。
艶やかながら、朝陽に透き通って夢のように儚く美しい。
庭師は何とも複雑な思いで見つめる。
昨夜は一睡もできず、名無しの喘声を思い出しては、あの部屋で起きていた閨事への想像が止まらなかった。
頭の中が完全に蝕まれ、今にもタガが外れそうに冷静さを失っている。
その姿を求めてしまうが、実際に姫が来たら一体自分はどうなってしまうのか…。
庭師は頭を振って仕事に集中しようとしても、名無しへの淫靡な妄想が振り払えない。
その日から幸いにも、名無しは立て込んだ針子仕事に終われ、一日の大半を針子部屋で過ごしていた。
仕事終わりには謙信が迎えに来て、夕餉に向かうので中庭を通る事が無い。
楽しみにしていた花を目にしないまま、開花の数がどんどん増えていった。
慕る庭師の想いのように。
数日後
「すごい…!!綺麗…!!」
とうとう、待ち焦がれながらも顔を合わせたくなかった名無しが姿を現し、庭師はハッとした。
「ありがとう!こんなに綺麗な花をたくさん咲かせてくれて」
咲き誇る花々に名無しの笑顔は明るく輝いていた。
心底嬉しそうで、全身から喜びを放っている。
庭師はその笑顔を見た瞬間、
報われた、喜んでもらえて彼女の心に近づけた、
そんな風に心が満たされた。
だがすぐに、そんな嬉しさを自ら打ち砕く。
彼女の心に近づけた?それが何になる?
あの上杉謙信の寵姫で、手の届かない存在である事に何ら変わりはない。
淡い喜びから一転、深い虚しさが広がっていく。
同時に、あの夜に見た謙信と名無しの姿、甘美な嬌声が頭をよぎり悔しさや嫉妬心までもがムクムクと湧き上がる。
「あっ、草履が無い…。どこにいったの?」
この間と同じように中庭に降りようとした名無しだが、なぜか草履が見つからない様子。
庭師の胸の中は、色んな感情が湧いてそれがぐちゃぐちゃになり、到底整理がつかないまま膨れ上がっていた。
突き動かされるようにツカツカと名無しに歩み寄り、いきなり両腕に抱え上げた。
姫は近くで花を見たがっている。
それを叶えるだけ、そう自分に言い聞かす。