第18章 託された花1 【謙信】R18
近くにいると名無しからは花よりも芳しい香りがするのを、今までは知らなかった。
「わ‥‥私はこれで‥‥」
たまらずに中庭から立ち去った。
名無しに触れた手はずっとずっと熱かった。
名無しが針子部屋で過ごす時間が増え、男と接する機会が減り、謙信の機嫌は落ち着いている。
武将たちは少しほっとしていたが、名無しの色香は変わらない様子。
その自覚の無いまま、誰にでも分け隔てなく接しようとし、皆をハラハラさせた。
「佐助くん‥‥何だか幸村、私によそよそしくない?」
「‥‥あ…それは…名無しさんに近づくと謙信様の機嫌が悪くなるから」
「‥‥周りに気を使わせて申し訳ないな」
「いや、君が気に病む事ではないと思う」
「ありがとう」
このまま上手くやれればいいけど‥‥
そんな佐助の願いは数日後に覆ってしまう。
庭師の名無しへの想いは膨らむ一方だった。
牡丹は果たして綺麗に咲いてくれるだろうか。
咲いてくれなければ彼女をガッカリさせてしまう…。
それが気になって不安でソワソワしてしまい、夜に牡丹の様子を見に行った。
その時、名無しを腕に抱いて廊下を歩く謙信の姿が。
咄嗟に庭師は身を隠して息を潜めた。
謙信の部屋の襖が閉まる音がして、否が応でも考えてしまう、これから二人が何をするのか…。
(謙信様は名無し姫を…)
かぁっと頭に血が上り、心臓の音が耳元で鳴っているかのように煩い。
迷いながら庭師はその場に留まり続けた。
……やがて
名無しの喘声が聞こえた。
それはあまりに甘美な毒のようで、
後戻りできなくなりそうで……
やり場の無い感情を胸に、庭師は精一杯、音を立てないようにその場から逃げ出した。
「さきほど鼠が庭にいたかもな」
謙信がふと呟いた。
「鼠‥‥ですか‥‥」
「かまわん」
そう言い捨てた謙信は、名無しの襟元を勢いよく開くと、鎖骨の辺りに口づけを落とし、じゅっと強く吸い上げた。
左右違う色の目を細めて白い肌に残った赤い痕を眺めながら、中庭にいた男の気配が遠ざかっていくのを感じ取っていた。