第18章 託された花1 【謙信】R18
次の日から武将たちの作戦通り、名無しは義元から着付けを習い、針子の手伝いに入った。
信玄は、あまり無理をさせないように、と名無しを抱くのを減らすよう謙信に伝えたが、
「お前に言われる筋合いはない。名無しの体調は俺が一番わかる」
と、はね除けられてしまう。
手が空いた時間は極力、部屋から出ないようにと言われている名無し。
疑問を感じながらも部屋でできる事をしようと、以前に信長から贈られたチェンバロの練習に励む。
それを聞きながら、毎日、庭師は心を込めて花の世話をしていた。
今まで聞いた事の無い西洋の楽器の音色。
かなり奇妙な響きに思えたが、名無しが奏でる音ならば至福だった。
ある日
庭師が自然と覚えた旋律を口ずさみながら仕事に勤しんでいると、チェンバロの音が止んだ。
名無しの部屋の襖が開き、足音が近づいてくる。
庭師はすぐに膝をつき、地面に擦り付けるように頭を下げた。
「ああ、ごめんなさい、邪魔をして。どうか頭を上げて」
「恐れながら‥‥」
ゆっくり頭を上げる。
話しかけられて以来、幾度も頭に思い浮かべ続けた名無しの姿がそこにある。
庭師の目にひどく眩しく映った。
「蕾が膨らんできましたね」
「……ええ‥‥近日中には咲くでしょう‥‥」
「本当に?」
嬉しそうな声を上げて縁側に降り、草履をはこうとし始めた。
(名無し様はここへ来るのか…)
そう思うと庭師の心臓は早鐘のように打つ。
名無しは中庭へ降りるが、数歩進んだところで石につまづいた。
「あっ…」
咄嗟に庭師は手を差しのべる。
転びそうになるのを支えたのは無意識で反射的な行動だった。
「ありがとうございます」
「す、すみません!姫様の手が汚れてしまう…!」
庭師は顔を赤くしながらぱっと手を離した。
「いえ、そんな…助けてくれたのに謝る事は無いです」
名無しは楽しそうに花の蕾に近づき、じっと眺める。
「楽しみですね。何色かな」
もう倒れそうだと庭師は思った。
名無しの唇から紡がれる言葉の意味を考えられないし、緊張のあまり息の仕方を妙に意識してしまい息苦しい。