第18章 託された花1 【謙信】R18
とてもその場にいられなくて、庭師はすごすごと逃げるように立ち去ったが、建物の角に隠れてそっと振り返った。
名無しはしばらく風に揺れる緑を眺めていた。
そのたおやかな美しさに鼓動がドクドクと高鳴っている。
ある日、謙信の寵姫としてこの城へやって来た名無し。
ひと目見た日から秘かに憧憬していた。
彼女は高嶺の花。
まさか自分のような者に話しかけるとは‥‥
鈴の鳴るような声や、微笑みを頭に巡らせた。
牡丹が咲いたら、姫は喜んでくれる。
そしてまた声をかけてくれるかもしれない。
庭師は両手をゆっくり開いて、じっと見つめながらそんな事を考えた。
夕餉の席
「はい、どうぞ」
米をよそった椀をにっこり手渡す名無し。
「ああ」
幸村が受け取ろうと手を伸ばした時、二人の指先が触れた。
思わず手を引いた幸村。
椀が転がり米が落ちる。
「わ、悪ぃ」
あたふたする幸村。
名無しは手拭いを手にして屈み、こぼれた米を集める。
「どうした?」
手伝おうと近づいた佐助。
屈んだ名無しの衿元が緩み、胸の膨らみの裾野が覗く。
「くっ‥‥」
思わず動きを止め、後ずさった。
「何してるの」
優雅に近づいた義元は名無しを手伝い、
「名無し、ちょっとごめんね、緩んでる」
自然な動きで衿元を直す。
「ありがとうございます」
にっこりお礼を言った名無しに微笑み返し、
「ほら、早く席に戻って」
魂を抜かれたようになっていた幸村と佐助を席へ促した。
謙信は無表情で酒をあおる。
何となく妙な空気になったものの、信玄と義元が佐助や幸村に上手く話を振り、名無しもにこにこと嬉しそうに聞いている。
何とか雰囲気は崩れなかったが‥‥
いち早く食事を終えた謙信が立ち上がる。
「名無し、行くぞ」
「‥‥あっ…はい‥‥」
名無しの膳はまだ残っていた。
「もう少し待ってやれよ」
「もう限界だ。今すぐ抱く」
あまりの恥ずかしさに、名無しは赤くなり俯いた。
謙信はつかつかと歩みより、名無しの腕を掴んで早足で部屋を出た。
「謙信様、ちょっと待って…」
「いいから早く来い」
二人の声が遠ざかっていく。