第18章 託された花1 【謙信】R18
名無しの笑顔から必死で目をそらし、幸村は背を向け弓矢を片付け始めた。
その耳が赤くなっているのに気付き、名無しはかけ寄って幸村の腕を掴んだ。
「幸村大丈夫?具合悪いの?」
名無しに触れられた所から艶かしい何かが流れ込んでくるような感覚。
幸村はゾクリとした。
こんなのは初めてだった。
「‥‥違う。心配すんな」
幸村は足早に立ち去った。
残され、しょんぼりした様子の名無し。
「桜の花のように清楚なのに、まるで月下美人のような強い芳香を放ってる。その不釣り合いさが危ういんだ」
「的確です、信玄様。俺もそれを感じていたけど上手く表現できなかった」
「妙な事が起きないといいが。何か対策をしないとな」
「ええ‥‥」
名無しは髪を束ねた紐をほどいた。
自然光の下で輝く髪がさらりと零れ落ちる。
その瞬間、離れているのにもかかわらず、芳香が漂ってきた気がして信玄も佐助も息を呑んだ。
着替え終わった名無しは、空いた時間を何に使おうか思案していた。
中庭を通りがかると、庭師が手入れをしている。
ここにはいつも、何かしらの花が綺麗に咲いていて、その美しさに名無しは癒されていた
春日山城へ来たばかりで不安に満ちていた頃から大好きな場所。
「いつもありがとう、綺麗に手入れしてくれて」
感謝を伝えたくなり、庭師に声をかける。
「ひ‥‥姫様!」
振り向いた庭師は、まだ若く素朴な青年だった。
一心不乱に仕事をしていたのか、顔が土で汚れている。
突然、謙信の寵姫に声をかけられて度肝を抜かれ、地面に顔をこすりつけそうな位に頭を下げた。
「も‥‥勿体ないお言葉にございます‥‥」
「どうか顔を上げて下さい」
名無しは姫扱いに常に抵抗を覚える。
本当は姫でも何でもない、ただの庶民なのに‥‥。
そんな罪悪感があった。
「これは何の花が咲くのですか?」
「こ‥‥これは‥‥牡丹でございます」
「大好きな花です」
嬉しそうに目を輝かせる名無しが眩しくて、庭師は地面に視線を落とした。
「咲くのが楽しみですね」
「は‥‥それでは…し‥‥失礼いたします‥‥」