第10章 *File.10*(R18)
「ご馳走様でした」
二人で暮らすようになってから、何時までもこんな穏やかな時間を過ごしたいと常に願うようになった。
雪乃が俺の傍にいる、何よりも大切な時間。
俺と雪乃がずっとずっと待ち望んでいた、身も心も幸せに満たされる時間をやっとこの手で掴み取り、ようやくこの手で叶えられる場所まで辿り着いた。
そう、長い長い時間を掛けて。
公安の捜査官としての仕事も慣れ落ち着いた頃、景光と共にスパイとして黒の組織に潜入した。
危険極まりないあの組織から護り抜く為に、逢うことも触れることも許されない日々を過ごす中、心の奥深い場所に雪乃への愛情と欲望を溜め込んでは徹底的に隠し通して、その度に渇望して来た。
「…零?」
「充電中」
流しの前に立つ雪乃を背後から抱き締めると、こちらを振り返った彼女にキスをする。
「っん!」
流れたままの水を止め、ゆっくりと身体を回転させながら左手は腰に回し、右手は後頭部を支えて固定した。
「……無理」
「なに、が?」
見上げる潤んだ瞳、艶のある濡れた唇。
そんな表情をされたら、止められるわけがない。
仕掛けたのは俺なのは、承知の上だが。
「抱きたい」
「へっ?」
「今からお風呂へ行きましょうか?雪乃さん?」
「えっ!?ちょ、ちょっとまっ!」
「僕がもう待てないので、素直に諦めて下さいね」
言葉を遮って、わたわたと逃げようとする雪乃をひょいと抱き上げる。
「…なに?その素直にって」
「ふふっ。違いますか?」
「二重人格」
「どちらも僕は僕ですよ」
「……」
視線を逸らすなり、諦めたように、ため息を洩らされた。
「今、面倒な案件でも抱えてるの?」
「!」
唐突なセリフに、廊下で思わず立ち止まって腕の中の雪乃を凝視する。
何故、バレた?
「ストレスと言うよりは、明日から数日帰って来れなくなる?」
「……」
戻って来た視線は心を見透かすようで、今度は俺が視線を逸らした。
女の直感?
それとも、刑事としての勘?
幼馴染としての、経験値?
「素直になるのは、零の方」
伸びて来た細い指先が俺の前髪に触れて、頭を優しく撫でた。