第21章 *File.21*
「誰から?」
「工藤君。今から行っていいか?って」
先程閉店したばかりのポアロのカウンター越しに、雪乃が首を傾げた。
通話を終えたばかりのスマホをポケットに入れると、洗い物を再開する。
今はポアロに二人きり。
「先に帰ろっか?」
「その必要はないよ」
「?」
「食事をしたいだけ、だそうだ」
「たまに来るの?」
「この時間は珍しいな」
「ふふっ。蘭ちゃんとは順調みたいね」
「…雪乃?」
「手伝うよ」
「助かるよ、有難う」
飲み終えたコーヒーカップを手に、隣に並んだ雪乃の頭の上にキスを一つ。
「ちょ、ちょっと!」
「唇の方が良かったか?」
「ヤダ!」
「何故?」
濡れた指先で雪乃の唇に触れると、即答で拒否される。
「スイッチが入ったら、止まらないじゃん」
「それは雪乃もだろ?」
バックヤードで抱いたのを、つい昨日のことのように思い出す。
全くの無自覚の不意打ちで、オトコのスイッチを押されるのは俺の方だ。
我慢に我慢を重ね、オンナを意識しないようにしていた時間が長い分、一度入ると止まらない。
勿論、自覚はある。
雪乃、キミに再会した、あの日からずっと。
「ちっ、違います!」
「くっくく」
目を釣り上げて上目遣いで睨んでは来るが、頬を紅くして可愛いだけ。
「零は自分がイケメンだってこと、いい加減自覚して!」
「…イケメン、か」
遠回しに、俺に迫られると断れないと言っているに等しい。
この容姿を武器にしたことはないが、雪乃には効果覿面なのは、昔から知っている。
「…なっ、何っ?」
じっと見下ろせば、コーヒーカップを流しに置くなり、ゆっくりと後退る。
「逃げられないぞ?さあ、どうする?」
「れ、零っ!」
正に壁ドン状態。
顔を近づければ、頬の紅みが更に増す。
「逃がさないよ」
「…ちょ、ンっ」
何時だって、何処に居ても。
俺の傍にいても、いなくても。
お前の全ては俺のもの。
誰にも譲れない、たった一つの生命なんだ。
俺を押し返そうとする両手を掴むと壁に押し付けて、間を置かずに唇を重ねた。