第15章 *File.15*
「あの時のレイって…」
「レイ?」
階段を先に下りている美和子が、そう呟いて振り返る。
「彼のこと、だったのね」
「?」
「私を庇って撃たれた雪乃さんが意識を失う前に、『レイ、ごめん』って、謝ってたの。だから救急車の中で訊ねてみたら、自分と雪乃さんにとってとても大切な人だって、諸伏さんに言われたのよ」
「そっかー」
「覚えてない?」
「全く」
零は知ってるんだろうな。
景光が伝えないワケがないもん。
「普段はちゃんと名前で呼んでるのね」
「うん?」
「雪乃さんは絶対に彼のことを名前で呼ばないから、ずっと不思議だったのよ」
「人前では呼ばないわよ。その名前で」
「えっ?呼ばないの?!」
「うん。子供の頃から」
出逢った時から、貴方の存在だけは特別だった。
不思議よね?
「えーっ!どうして?」
「さあて、どうしてでしょう?」
仕事以外では、私も苗字で呼ばれたことはない、よね?
景光が『ゼロ』『雪乃』と呼んでいた、から?
零が誰かを名前で呼ぶのも、私と景光だけだ。
それも子供の頃から、ずっと変わらない。
「そういえば、雪乃さんの苗字って……」
「なぁに?今頃?ウチは子供の頃に両親亡くして、私は引き取ってもらった親戚の養子になったの」
夫の零と双子の兄である景光の存在を知ったからこそ、告白出来ることだけど。
「それで…」
「長い間、子供を授からなかったみたいで、実の娘みたいに大切に育ててもらったの。第二の両親には、感謝しかないわ。兄達は跡継ぎ問題もあるからね」
「容姿が全く似てない上に苗字まで違ったら、普通にバレないわよ」
高兄が私の兄だと知っている人物は、刑事部でも極わずか。
警部とは言え、長野県警なら接点もほぼない。
「でしょ?」
「……じゃあ、結婚後は?」
「もちろん、彼の本名に決まってる。誰にも秘密よ?」
シッと指を立てて、ウインクした。
警視庁では旧姓で通してるし、私が、零が結婚したことを知ってる人も少ない。
「雪乃さんって、実は意外と秘密だらけよね」
「夫ほどじゃありません」
「それはそうだけど…」
「ふふっ」
不服そうな美和子の横顔を見つめながら、私は階段を下りた。