第12章 七変化
「な……なんでしょうか……まだ、何か……?」
夕顔は軽く頬を染め、気恥ずかしそうに口を開いた。
「お嬢さん、その、良かったら俺とこれから芝居でも見に行かねえか?」
「えっ」
夕顔は目の前の人物が瑞だとは全く気がついていない。
それどころか、懸命に口説きかけてくる始末。
瑞は口篭りながら後ろに下がる。
「いえ、その、結構、です、私は……」
「じゃあ落語にでも」
「急いでおりますので!」
瑞が身を翻し逃げようとすると、
「せめて名前だけでも教えてくんねえか。オレは夕顔ってんだ」
片手首を掴まれた。
夕顔の長い指が絡み、瑞は店の壁際に押し寄せられる。
驚いた顔で夕顔を見上げると、掠れ声で囁く。
「手荒な真似してすまねえ」
腕で覆われるようにしてゆっくりと近付く夕顔の顔と煌めく白髪。
切なげな表情と煙草の香り。
「……なんだか、もう会えねえような気がしたから」
瑞は何故か自分の顔に立ち上る熱を感じる。
動揺を露に、
「え……ッと、えっと、瑞子……瑞子、です」
どうしようもなく偽名を吐いた。
「そ、それでは!」
「あ」
夕顔の手を振り払い、走り出す。
「瑞子……」
残された夕顔は、小さく偽りの名を読んだ。