第12章 七変化
夕顔は複雑な顔で藤から視線を外し、出窓の下に目をやる。
「んッ!」
すると煙管を乱雑に放り出して、身を乗り出した。
「ちょっと!灰が落ちる!」
藤が慌てて洗濯物を手で庇うも、夕顔は全く意に介さない様子で窓の外を指さす。
「見ろよ、すっげえかわい子ちゃんがいるぜ……!」
藤も外を覗けば、やけに焦った様子の振袖姿の人が見えた。
逃げるように駆けている。
「あー……確かに……夕顔が好きそうな感じの……」
「悪ぃ、ちょっと行ってくる」
夕顔は言うが早いか出窓から畳に飛び降り、外へ出て行った。
「あーあ、行っちゃった」
藤はため息をつき、
「また貢いだりしないかなあ……ああ見えて純なんだから……」
畳み終えた洗濯物を抱える。
書斎から出ようと襖を開けると、目の前に牡丹が立っていた。
藤はてへっと顔を綻ばせる。
「あ、牡丹さん。聞こえてた? 今の、夕顔には内緒ね」
「ああ……藤、持つぞ」
「いいの? ありがとう」
藤は牡丹に洗濯物を半分手渡し、一緒に階段を下りながら呟く。
「……夕顔って、瑞さんに色々難癖付けてるけど、どうしたらいいか分からないだけなんだよね。ほんとは感謝もしてると思うんだ。ああ見えて意外と良い奴だし」
「多分、無力感とか、焦りがあるんだろうな。自分が何年誘いかけても部屋から出てこなかった兄貴が、瑞をきっかけに出てきたのが衝撃だったんだろ……朝顔も昼顔も、兄弟だけの世界を卒業し始めてる」
「うん。夕顔は、影の花のみんながずっと変わらないと思ってる節があるから……瑞さんっていう新しい存在がここに来て、何か変わり始めてて」
藤の言葉に、牡丹はいつもより深く頷く。
「それに実は気がついていて、落ち着かない。夕顔は自覚してないだろうけどね」
最後の一段を下り、藤はまたため息をついた。