第10章 こどもの事情
「そうなんですね。いつか、菖蒲さんが舞台に立っている所を見てみたいです」
「うん……」
菖蒲は少し驚いたような顔をし、微かに笑みを浮かべた。
「それに……」
「それに?」
菖蒲が瑞の顔をちらりと見て、顔を赤くした。
「ひ……日向丸の裸なんて、見れない。だから、銭湯着いて行けなかった」
「ひなたまる?」
瑞が訊ねると、菖蒲はボソッと答える。
「おれがずっと好きな、草双子に出てくる主人公」
「そんなに好きなんですか?」
「死ぬほど好き」
瑞の質問に食い気味に頷く。
「なるほど、その憧れの方に私が似ているという訳ですね。それでその方の裸を見るような気になり、罪悪感を覚えてしまい、どうしても行けなかったと」
瑞は菖蒲の素っ気ない態度が好意の裏返しと気が付き安堵するも、困ったように笑う。
「しかし……私は日向丸さんではありませんよ」
「……そのくらい分かってるよ。あんたは日向丸より優しいから」
瑞は照れ臭そうに頭を掻く。
「あんたはいっつも優しい。おれらみたいなしんべこにも」
くしゃりとはにかんだ。
「ありがとうございます」
「そもそも日向丸は子供が嫌いだし。ガラが悪いし、すぐ手が出るし、面倒臭がりだし、罰当たりの下衆なんだよね……」
「そ、そんな方に私は似ているのですか?」
「見た目だけね」
「そうですか……」
そして何故菖蒲さんはそんな方が好きなんですか、と言いかけて飲み込む。
瑞はにこにこと笑顔を溢れさせた。
「まあ、兎にも角にも菖蒲さんに嫌われてなくて良かったです。安心しました!」
「別に、何にもしてない奴を嫌ったりしないでしょ普通……」
「それではご飯を食べに行きましょうか。萩さんが気にかけてましたよ」