第9章 大人の事情
「……そういうの、忘れたくないから。彫ってもらった」
「そうなんですね。話してくれてありがとうございます、牡丹さんのことが知れて嬉しいです」
瑞はゆっくりと牡丹の彫り物に手を重ね、彼を見上げて笑った。
「瑞のことも知りたいって思ってる」
「是非お答えしたいのですが、生憎、私が知りたいくらいで……」
苦笑いしていると、牡丹の大きな手が瑞の片手首を掴んだ。
「え?」
「いいよ、身体に聞くから」
そう言い、牡丹はひっくと肩を跳ねさせた。
完全に目が据わっている。
牡丹にしては饒舌な語り口時点で気が付くべきだったが、瑞に近づく彼の口元からはほんのりと酒の臭いがする。
「酔ってます!? 酔ってませんか牡丹さん!」
「酔ってない……菖蒲を送った後、百合に誘われたから、一杯付き合っただけ」
「じゃあ牡丹さんはお酒に弱いんですよ! これは素面の行動じゃありませんってえ!」
長身で筋肉質な牡丹に服を剥がされそうになるも、瑞は懸命に抵抗する。
見上げれば、ほんのりと赤く染った頬にとろんとした目の牡丹と目が合う。
普段無口な口元が小さく緩み、風呂上がりの素肌はしっとりと汗ばみ、色気を漂わせていた。