第9章 大人の事情
「ありがとうございます」
「そういうことじゃ。この話はもう終わり! そういえば瑞、銭湯はもう行ったか?」
「いえ、まだです」
「それなら今日一緒に行かんか。気持ちいいぞ」
瑞は笑顔で頷いた。
「是非ご一緒させてください」
「よっしゃ! 決まりじゃな」
各々の仕事が落ち着き、夕餉を取ってから暫くして。
「瑞〜、行くかー」
「はい」
浴衣姿の撫子が瑞に手ぬぐいや糠袋の入った袋を手渡す。
「ほらこれ」
「ありがとうございます」
茶屋を出てすぐ、牡丹とばったりと会った。
牡丹は着流しに羽織を重ねた姿で、切長な銀目で瑞たちをじっと見つめる。
横には紫色の小袖を着た菖蒲が立っている。
いつもちょんまげのように括っている前髪を下ろし、への字口に口紅を塗っていた。
撫子は二人に懐っこい笑みを向け、手を上げる。
「おう牡丹、菖蒲。今帰りか?」
「こんばんは」
「ああ……」
牡丹は言葉少なに頷き、菖蒲は黙ったまま、その場に留まっている。
「今から瑞と銭湯行くんじゃけど、牡丹も行くか?」
「……うん」
「瑞もいいか?」
「はい、勿論。牡丹さんも一緒に行きましょう。菖蒲さんは?」
菖蒲は瑞の微笑にふいっと首を振り、
「ぼくはいい。別に……」
茶屋の玄関を乱暴に開け、中へと駆けて行った。