第1章 贈り物は拾い物
「弱ったな……」
桜は深刻そうな表情で頭を抱える萩を横目でちらっと見、楽しそうに飛びついた。
太い腕に抱きつき、可愛らしい顔で上目遣いに見つめる。
「ねえ萩さん、ちょうど茶屋の人手が足りないって言ってたじゃない? あの人を雇おうよ」
「俺の一存で決められることかよ、旦那にも相談しねえと」
「あの人は形だけなんだからいいじゃない。実際萩さんがみんなの長なんだから」
「おいおい……」
桜と萩は暫く押し問答を繰り返し、当然というかなんというか、萩が折れる形で結論が付いた。
項垂れ、地べたにしゃがみ込む青年の前に桜が進み出る。
美しい身なりの桜に周囲の人間がどよめくが、楽しそうな顔の桜の耳には全く届かない。
青年だけをじっと見つめ、
「ねえ」
優しく声を掛けた。
青年が俯いた顔を上げる。
「ほんとうに何も分からないの?」
青年は自分に近づいた美しい顔に目を丸くし、首を縦に振る。
「自分の名前以外……」
「そっか。家もないの?」
青年は桜の問いかけに少し逡巡し、今度は首を横に振った。
「分かりません……あるのかもしれないけど、ないのかもしれない……」
桜はにこっと微笑んだ。
「なら、おいで。ご飯出してあげるし、寝るところもあるよ」
そこで青年の汚れた服に目を下げ、小さく付け足す。
「……あと着る服もね」
あまりにも魅力的な誘いに青年の喉が鳴る。
「あ」
同時に、大きな腹の虫が鳴いた。
青年は頬を赤くし、桜は可笑しそうに口元を手で押さえクスクスと笑う。