第6章 火遊び
あるうららかな日の朝。
瑞が玄関の掃除をしていると、
「よお兄やん」
長身の青年がこちらに向かってひらひらと手を振る。
青年は雪のように白い長髪を横分けにし、朱色の振袖を着こなし、飄々とした雰囲気を纏っている。
瑞は箒で掃く手を止めて微笑む。
「おはようございます……竜胆さん」
竜胆がニッと笑うと、彼の特徴的な糸目が更に細くなる。
「そ! ちゃんと名前覚えてて偉いなあ兄やんは。俺とか未だに名前パッと出てこーへん時あるで」
なんてな、とケラケラと笑う。
「俺も手伝うたる」
竜胆が袖を捲り、脇に置かれた雑巾を手に取る。
「そんな、ここは私が」
「ええねんええねん! 俺掃除好きやし……ホンマやで? 何そんな目で見てんねん」
瑞はぷっと吹き出し、二人で顔を見合わせて笑う。
「兄やんここの暮らしだいぶ慣れたあ?」
「そうですね、本当に皆様には感謝してもしきれません」
「でも前のこと全然思い出さへんのやろ? 大変やなあ」
「ええ……私は、あまり焦りは無いのですが……」
瑞はふと遠い目をする。
ここでの生活は楽しいばかりで、自分でも驚くことに記憶を失った焦燥や苦しみは全くない。
箒を動かしながら答える。
「長居すると皆様に申し訳ないです」
「まあ俺らは兄やんがおってくれて助かるし……無理くり思い出さへんでもええやんな。ずっとおったらええわ!」
「ありがとうございます、竜胆さん」
瑞の丁寧なお辞儀に竜胆が笑って手の平を左右する。
「ほんでさあ、そろそろお気に入りのやつ見つけた?」
「お気に入りと言いますと」
竜胆の目が見開き、黄色の瞳が瑞を上目に捉える。
ニヤニヤと笑いながら腰をかがめ、下から瑞の顔を指さす。