第1章 贈り物は拾い物
萩が歩きながら桜を見下ろす。
「今日の客はどうだったか?」
「まあ……いつも通りかな。怪我はしていないから安心してね」
桜の声に先程までの艶やかさはない。
むしろ子どものようなあどけなく可愛らしいものだった。
「それで、欲しいものは決まったか」
「うーん」
「簪か? 櫛か?」
「それはお客様に頂くし、もう沢山持っているから。本当は狆みたいな可愛い犬が欲しいんだけど、無理でしょう」
「茶屋に犬はちょっとなあ……俺も犬は嫌いじゃないけどな。お前は玩具という歳でもないし」
萩は困った顔をして笑った。
「だけど桜、折角買って貰えるって言うんだから買って貰えよ。そうじゃなきゃ俺が怒られちまう……ん?」
ふと足を止める。
いつも通りの帰り道に、町民が人だかりを作っていた。
人だかりの真ん中には、困り顔をした青年が座り込んでいる。
青年の着物はボロボロで、髪も肌も薄汚れ、その上頬は痩け、暫く何も食べていないような風貌をしている。
何よりも、捨てられた犬のような不安そうな目で、自分を見る人々に怯えていた。
萩は凛々しい眉を寄せ、近くにいた中年の女に声を顰めて話しかける。
「……彼、行き倒れかい?」
恰幅の良い女は萩の顔に気を良くしたような表情になり、声高に話し始める。
「それがそうじゃないみたいなんだよ、喋るのはハッキリしてるんだけど、自分の名前しか言えないんだよ、あの子」
大きく首を振り、身振り手振りを混じえて説明し、がっぷりと腕を組んだ。
「それ以外何聞いても答えられないし、ここがどこかも分かっちゃなくてね。どこから来たのかも言えないし、歳すら覚えてないみたいだよ」
「記憶喪失ってやつかい」
「多分ね。可哀想にねえ……」
口早に説明した女はそう纏め、哀れんだような表情を浮かべるも彼に手を差し伸べる気はさらさらないようだった。