第1章 贈り物は拾い物
階段をとんとんと、上がる音がした。
二人のいる奥座敷の襖が開かれ、現れた女中が桜に言う。
「お迎えでございます」
「ありがとうございます。ああ……、それではまた」
桜はいかにも名残惜しそうな表情を作り、ゆっくり立ち上がる。
きっとでございますよ、と置き土産の台詞まで残し、しずしずと部屋を後にした。
入れ替わりに階段を上がる一人の壮年の男。
壮年と言っても、先程の中年男よりも一回りか二回り程若いのは見た目から直ぐに分かる。
背丈は大きくがっちりとして、筋肉質な体つきをしている。
そして、顔から手足から、小袖から覗く首筋に至るまでよく日に焼けていた。
男は顎辺りまで伸びた癖のある茶髪を揺らし、階段を上がっていく。
鼻梁の高い横顔、透き通った緑色の瞳、引き締まった唇。
男らしい顔つきながら野暮ったさはなく、しっかりした眉も綺麗に整えられている。
外仕事に精を出していそうな外見ながら、よくよく見れば役者のような、端正な顔をした男だった。
男は階段を登り切ると、奥座敷の襖を開いた。
そして、先程まで使われていた布団や、桜が余興に弾いた三味線などを手際良く片付けていく。
様々な道具の入った箱を持ち、布団は自分の大きな背に負うた。
荷物を落とさないよう慎重に階段を降り、玄関で佇んでいる桜に声を掛けた。
「さあ帰るか」
桜は嬉しそうに表情を緩め、それを隠すように網傘を被る。
こくりと頷いた。
「はい、萩さん」
二人は連れ立って料理屋を後にし、同じ方向に向かって歩き始める。
萩はまわしと呼ばれる、桜の身の回りの世話役である。
まわしは、お見送りからお迎えまで、事前準備や事後の片付け、日常生活に至るまで、甲斐甲斐しく世話を焼く。