第30章 残酷
「ただ、なんだよ? 拾われた分際で調子乗ってんじゃねえよ」
夕顔は苛立った表情で瑞の手首を掴む。
「痛ッ……!」
瑞の悲鳴に夕顔の目は戸惑ったように揺れるも、細い手首に痕がつくほど握り締める。
瑞の顎に手を持ち替え、片手で胸元を探る。
「誰が好きなんだよ、言ってみろよ……。言わねえつもりなら、夜通し掛けて口を割らしてやるぜ」
「や……やめてください……っ」
瑞は悲痛な声を洩らした。
「夕」
この世でたった一人だけの自分の呼び方に、夕顔の心臓が縮み上がる。
障子を振り返り、
「夜顔兄さん……!」
夜顔と同じ金色の瞳を丸く見開いた。
夜顔は射抜くような視線で夕顔を見つめる。
「僕の躾が悪かったのかな。夕、僕が貴方を陰間に仕込んであげた時、人の腕をそんなに乱暴に持てと言ったことがある? 破落戸のような物言いをしろと言ったことがある?」
夜顔の真っ黒な髪が月夜に照らされ、美しく輝く。
「……そんなに本気になれといつ言ったんだ」
ピシャリと言うと、瑞に顔を向けた。
「悪かったね、夕がこんなことをしてたなんて全く知らなかった。弟が迷惑かけたね」
初めて聞く夜顔のハキハキとした物言いに、瑞はぽかんとしなから口を開いた。
「夜顔さん……いつ気がついたんですか?」
瑞に訊ねられると、夜顔の雰囲気と表情は一気にビクビクとしたそれに戻る。
「きょ、今日……もう、いつも来る時間なのに、来なかったから、何かあったかとおも、思って……」
「ああ、おにぎりの……もうそんな時間になっていたんですね」