第29章 番
「やばッ……!」
桔梗は鈴蘭を物陰に押し倒し、息を殺す。
瑞はしばらく周囲の様子を伺っていたものの、二人を見つけることはなく朝顔の元に戻る。
こちらを見上げる朝顔に、眉尻を下げ頭を下げた。
「すみません……やはり今日は、やめてもいいですか……。誰かに聞かれていたら、朝顔さんにも嫌な思いをさせてしまいます……」
「うん、いいよ! だって瑞おにいちゃんまたしてくれるもんね」
「は、はい」
朝顔はにっこりと頷き、瑞の手を引いて厠を後にする。
鈴蘭は身体を起こし、桔梗を見る。
「……聞いたな?」
「お……おう、バッチリ……」
桔梗はこくこくと頷く。
「ほらうちの言うた通りやろ! あないな虫も殺さへん顔して、誰彼構わず食い散らかしてっ! 本性はド淫乱ってことやな!」
「うッるせえなあお前!」
桔梗は早口に捲し立てる鈴蘭をひと睨みし、先程の瑞と朝顔の会話を思い返す。
瑞の声色は決して晴れやかなものではなく、一瞬見えた表情も憂いているようだった。
「でもさー、瑞さんの様子なんか変じゃなかったか? むしろ朝顔くんが率先してやってたような気が」
「うちに可愛いとか言うて……誰にでも言うてるんやろお……?」
疑念を抱く桔梗を他所に、鈴蘭はブツブツと逆恨みを零す。
「……聞いてねえし」