第24章 自由人
それから日は変わって。
菊は、いつも通り玄関の掃き掃除をしている瑞を見つけると声をかけた。
「瑞さン」
「菊さん。おはようございます、お出かけですか?」
「ううン。瑞さんに菊の顔、見せてあげよっカ」
瑞は目を丸くし、初対面からずっと狐の面を着け続けている彼を見つめる。
箒を手に、きょとっと顔を傾けた。
「急にどうしたんですか?」
「見せたくなったノ。瑞さんは、梅の好きな人だし、菊も瑞さん好きだかラ」
瑞は驚いた顔のまま、照れ臭そうに頭を掻く。
「え……そ、それはありがとうございます、ですが、あの、無理に見せてくれなくても……」
「それとも、全く興味なイ?」
菊の髪が風に靡く。
丈の短い真っ黒な小袖から出た膝小僧、すっきりとした脛。
まだ子供っぽい柔軟な体つきに、独特な語尾の跳ね上げ。
彼を構成する全てが魅力的に思え、狐面の下の顔に強く惹き付けられた。
「いえ……見てみたいです、菊さんのお顔」
瑞がそう洩らすと、菊の狐面の細目が弧を描いたように見えた。
「みんなには内緒だヨ」
菊は楽しそうな声で言い、面に手を掛けた。
持ち上がった面の下から、菊の素顔が覗く。
初めて見た菊の顔は、隠しているのが勿体ないと思うほどの美少年だった。
透き通るような明るい空色をした大きな瞳、小さくも鼻筋の通った鼻、形の整った唇。
スッキリとした顎、白く滑らかな肌。
瑞が見とれていると、菊はぱっとお面を着けた。
「はいおしまイ!」
「は、はい! ありがとうございました」
反射的に礼を言うと、菊はくすくすと笑う。
「菊のご尊顔は貴重だヨ。次見られるのは百年後かモ」
「それは貴重ですね……」
瑞がいつもと変わらぬ様相で苦笑していると、菊はお面を少し持ち上げて微笑んだ。
狐面の下に覗く、澄んだ瞳が輝く。
優しく細まったかと思うと、
「……でも、瑞さんが見たいならいつでも見せてあげるネ」
瑞の肩を掴み、上目遣いに見上げた。
「皆には、内緒だヨ」
菊はそう囁くと、ひらりと身を翻して去っていく。
瑞はドキドキと跳ねる胸を押さえ、呟いた。
「あ……あざといですね……ッ!」