第19章 咲夜
夜半、喉の渇きを覚えた瑞は静かに寝床から抜け出し、台所に向かう。
廊下を歩いていると、前方から見慣れない顔の青年が向かってくる。
しなやかな身体に小さな顔、退紅色の色無地。
しっかりした骨組みでありながら、肉付きは薄い曲線美。
長い黒髪を三つ編みに束ね、所々青の差し色を入れている。
薄く垂らした前髪、涼し気な目元に余裕ありげな口元。
青年は飄々とした雰囲気を纏っていた。
瑞はすれ違いざまに声を掛けた。
「あの、すみません」
「んぁ」
緩く振り返る彼の墨色の瞳が瑞を捉える。
「もしかして、百合さん……ですか?」
「そーそー。よく知ってんねえ」
瑞は丁寧に頭を下げた。
「皆さんからお名前は聞いておりました。初めまして、瑞です」
「うんうんー、俺ちゃんもみんなから話は聞いてる〜。じゃあおみずよろしくう〜」
すらりと指の伸びた大きな手が瑞の手を掴む。
百合は子供のようにブンブンと腕を上下し、にぱっと笑う。
「おみず……はいっ、よろしくお願いします」
瑞は面食らいつつ、笑顔で頷いた。
「それでおみずはどしたの、こんな時間に。寝れない感じ? おにーさんが寝かしつけてやろっかあ」
「い、いえ……あの、少し喉が渇いて目が覚めてしまったので」
百合はぱっと手を離すと、その腕を瑞の肩に回す。
がっしりと肩を組むと、上機嫌にぱっと歩き始めた。
「うーし、じゃあ呑も〜」
そこで瑞は百合から強い酒の匂いが漂ってくるのに気がつく。
顔色一つ変わっていないが、既に相当な量を呑んでいるようだ。
「へ!? わ……私は、水を……!」
「よしよし〜、百合おにーさんがたっぷり揉んでやるよ〜」
狼狽える瑞をものともせず、百合は楽しそうに引きずっていく。