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影の花

第17章 芽吹き


瑞は夜顔に親しげに話しかける。

「これで皆さんの分は揃いましたね。そろそろ帰りますか? 夜顔さんも、疲れすぎてはいけませんし」

「あ……あと、もう一軒だけ……」

不思議そうにする瑞を横目に、夜顔はのろのろと歩き始める。

小間物屋に入り、綺麗な花の文様が施された印籠を買う夜顔。

「……弟さんの分は皆買いましたよね? これはどなたにあげるんですか?」

「これは……」

夜顔は、伏し目がちに瑞に印籠を差し出す。

「え」

「いつも、ありがとう……」

瑞は思いもよらないことに目を見開き、

「あ……ありがとうございます、夜顔さん……!」

華やぐような笑顔を見せた。

「うん……」

帰り道、夕顔はぽつりと呟く。

「今日はありがとう……」

「いえいえ。私も楽しかったです」

瑞は並んで歩きながら、慣れた様子で買い物をしていた夜顔を思い返す。

夜顔にこそ言わなかったものの、客や店員の中には夜顔の顔に気が付いた者もいたようだ。

夕顔曰く、夜顔は名うての陰間だったらしい。

瑞は静かに訊ねた。

「夜顔さんは……どうして、外に出なくなったんですか?」

夜顔は瑞を一瞥し、目を伏せた。

「な、なん、か、急に全部怖くなっちゃって。どこにも出れなくなった……誰にも会えなくなって……陰間としても、無理になって……」

吃りがちに吐かれる言葉に、瑞は黙ったまま首肯き彼を肯定する。

夜顔はそんな無言を裂くように、言葉を絞り出した。

「でも……貴方は、怖くなかったから」

「夜顔さん……」

「感謝してる。ありがとう」

夜顔は、顔に掛かった長い前髪を手で払い、瑞に微笑んだ。

夜顔の柔らかい表情に後光が差し、美しく輝いていた。
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