第15章 苦労人
狐面を被った少年、菊。
塀の上に止まったトンボに、真っ直ぐに伸ばした指を向けた。
トンボの大きな複眼に指先を見せながら、ゆっくり、ぐるぐると回す。
背後の菫は息を殺して見つめる。
菊は、時期を良く見計らって蜻蛉の羽を摘み上げた。
「ほら、取れたヨ」
上手く捕らえたそれを菫に手渡す。
大きな羽、ぴかぴかした眼、逞しい顎のオニヤンマ。
「わ……ありがとうございます、菊さん」
菫は目を輝かせ、嬉しそうにはにかんだ。
そんな微笑ましい光景を縁側に座って眺める瑞と梅。
「それにしても、菊さんのお面はいつ見ても目を引きますねえ」
「菊には恥ずかしいからやめろって言ってるんですけどね……」
梅は肩を落とした。
瑞は梅に目をやり、彼の細い喉に巻かれた包帯に首を傾げる。
「梅さん、その包帯は」
梅は自分の喉をさすりながら、ぎこちなく笑顔を作った。
「あ、ああ……これは客に殴られたんです。酷く酔った人で。しばらく声が出なくなりましたよ」
「それはお気の毒です。喉は大丈夫ですか?」
「ええ、もう慣れてますから。わたしは運が無いんですよ。怪我をするのは原因を問わず、日常茶飯事です。偏執な客に付き纏われて、殺されかけたこともありました」
「そ、それは……凄いですね、梅さんが無事で良かったです」
「もう、頭が痛むばかりですよ……」
梅は深いため息をつき、頭を抱えた。