第6章 麦わらとハート
ここにいる人々を置き去りにして1人で屋根伝いで逃げるわけにもいかない。
鳥カゴがここに到達するまでの間に都合よくドフラミンゴが倒されるとも思えない。
ここで諦めるしかないのか……?
国民たちが死んでいく様を眺めることになるのだけはゴメンだ。でもどうすればいいのかすら分からなくなってしまった。
抱いた希望が……潰えてしまいそうだ。
その時、街のスピーカーが雑音を発した。アナウンスの直前に入り込む受話器越しの呼吸音がするや否や、大きな声が辺りに響く。
〈さァ皆さん!!! もう少しの辛抱だ!!!〉
何だか聞き馴染みのある男の声だ。周囲の民衆たちは驚いたように辺りを見回した。
〈"スター"は蘇る!!〉
息切れしているのか荒い息遣いが音声に混じっている。元気な口調だが切羽詰まった余裕のなさも感じた。
「何だ、誰の声だ!?」
「あの声……コロシアム実況のギャッツ!?」
「こんな時に何を始める気だ!!?」
国内のほぼ全員が死に直面しているこの状況で聴こえてくる高らかなテンションの放送に、民衆たちは困惑したような声を上げる。
〈みな!! お忘れか!――いや、忘れるわけがない……! 本日コリーダコロシアムの闘技会にキラ星のごとく現れた……愉快で大胆不敵なあの「スター」を!!〉
誰のことを言っているんだ?
マルーは思いつつ、背後に迫る鳥カゴに目をやった。まだ50mほど離れているが、数分もしないうちにここまで到達するだろう。
〈私は未だかつてかくも自由でかくも痛快な試合をする男を見たことがない!! その男の名は"ルーシー"!! またの名を"麦わらのルフィ"!!!〉
ルフィ、と聴こえてマルーはスピーカーの方を振り返った。
コロシアムでのことは知らないが、今ドフラミンゴを倒そうと戦っているはずだ。
ルフィが一体どうしたというのだろう。
〈――彼は今戦いに傷つき倒れてしまったが……嬉しさに震えろドレスローザ!! ルーシーはこれを約束してくれたんだ!! ドフラミンゴの一・発・K・O・宣言!!!〉
ギャッツがそう力強く言うや周りから……いや、国中から歓声が上がった。無数の喝采が空気を揺らすのを感じながらマルーは中心街へ目を向ける。