第5章 ドレスローザ
「では、私はもう行かねばならん。さらばだ」
そう告げると、兵隊はマルーを残してコロシアムの鉄格子の隙間から外に飛び下りていった。
『…………』
窓によじ登り、道路を足に付いたローラーで走っていく兵隊の後ろ姿を眺める。
自身の布と綿でできた体をひどく頼りなく思い、アメーバになれない事をとても心細く感じた。
『助けてTボーン大佐……。ごめん、ロシナンテ……』
数十分後、周辺を警戒しながらコロシアムから出たマルーは公衆電伝虫を探した。
発展しつつある国なのだから一匹くらいはあるだろう。
首元で揺れる邪魔くさい電伝虫型のプレートを嫌みのように感じながら街を駆けていく。
『(さっきの兵隊は知人に助けを求めるなと言っていたが……しないわけにはいかない!)』
散々走り回ってやっと見つけた電伝虫に海軍本部の番号を入れてコールをする。
『……こちら海軍本部中佐のヘキサポッド・マルー。至急、Tボーン大佐に繋いでほしい』
〈ヘキサポッド・マルー……?〉
電話番が聞き返す。
『マリンコードは54248だ。緊急事態だから急いでくれ! 今ドレスローザに来ているが、身体がオモチャになってしまったし国外に出られそうにない。上官に伝えさせてくれ!』
〈わっはっは……本部の将校の名前とMCなら全て把握しているが、ヘキサポッド・マルーなんて奴はいない。海軍はヒマじゃないんだ、いたずら電話はやめろよ〉
そんな言葉の後、通信は切られてしまった。
『なんだあの交換手……! ふざけてるのか!?』
戸惑いと憤りを感じながらもう1度かけたが逆にふざけるなと怒られてしまった。
眠りについた電伝虫を唖然としながら見つめ、マルーはその場で立ち尽くした。
『(私が海軍将校じゃない……?)』
ありえない。そんなわけがない。
出発の直前だってTボーン大佐に……どこに居ても中佐としての立場を忘れないようにと……。
動揺から来る眩暈と絶望にフラつきながら、マルーは電伝虫から離れる。
知らないうちに除名された?
それともオモチャにされた効果の一部か?
どちらにしろ……自分自身以外に縋る希望がなくなってしまった。