第5章 ドレスローザ
涙目で咳き込みながら無理に吸っていると、足元に何かが近寄る気配がした。犬か猫だろうか。
「もしもし、お嬢さん。具合でも悪いのですかな?」
足元から声がする。犬か猫ではないな。
振り返って下を見ると、腰ほどの高さの兵隊人形が立っていた。
『おッ……え? 何!?』
予想外なものが目に入り、マルーは動揺して飛び退いた。
「やや、これは失礼。ドレスローザの民ではなかったか。驚かせてしまい申し訳ない」
そう言いながら兵隊の人形はカクカクと動く。片足しかないがバランスよく直立している。
『オモチャが……喋ってる』
唖然としながら凝視するマルーに、慣れた様子で人形は言葉を続ける。
「ここでは珍しいことではない。よく見てみなさい、そこにも、あそこにも人形達が闊歩している。みな人間に危害を加えるようなことはしないからどうか怖がらないでほしい」
『べ、別に怖がっては……。だが奇妙だな、どういう仕組みだ?』
「……お嬢さんは旅行客ですかな? あまり長居しないのであれば、深入りしない方がいい」
『え……?』
人形の表情は変わらないが、何だかとても深刻なものに思えた。冗談の類いではなさそうだ。
『あと、ドレスローザでは法で午前0時以降は屋外を出歩いてはいけないことになっているから気を付けなさい。ではお嬢さん、良い旅を』
そう言うと、兵隊の人形は片足に付いたローラーで走り去っていった。
何だったんだろう。動いて喋る人形……まるで人間みたいだ。
『て言うか"お嬢さん"って……私もう31なんだが』
ロシナンテも生きていれば31歳か。もうすっかり中年だ。同じように年を重ねたかったな……。
マルーはいつの間にか短くなってしまったタバコを近くの吸殻入れに放り込んでから、街の向こうに見える王宮の方へ向かった。