第3章 ドジっ子
「おれセンゴクさんに潜入捜査を任されたからさ、今度からしばらく会えなくなると思う」
久しぶりに一緒になった昼食の席で、ロシナンテがマルーにそう告げた。
『へぇ、結構長くなりそう?』
「上手くいけば1年もかからないんだろうけど、まあ長くなりそうだな」
ロシナンテの返答を聞きながらマルーはパスタをフォークで巻いていく。
『……別に寂しくないし』
独り言のように言った後、とても一口には収まりきらないほど大きく巻いてしまったパスタを無理やりマルーは頬張った。
苦しいのを堪えながら、俯き加減に咀嚼する。
そんなマルーの頭をロシナンテはわしわしと撫でた。
「ありがとよ、おれもだ」
自分の頭よりも大きな手だ、とマルーは大人しく撫でられながら思う。どんどん大きくなっていくロシナンテが自分を置き去りにしてしまいそうだという焦りをもう何年も前から感じていた。
物理的にも精神的にも離れたくないなんて何と幼稚なんだろう。ただでさえ対等な存在でありたいと焦燥しているのに、今の自分は親にあやされるガキそのものじゃないか。
咀嚼したものを上手く飲み込めないでいるマルーは、まだ顔を上げられずにいた。
雑ながら優しい感触を不本意だとはね除けることもできないまま、ロシナンテの手はすぐに遠ざかる。
「心配するなって。たしかに危険だろうが殺されるようなヘマはしねェよ」
励まそうとするロシナンテに返事をするため、マルーは水で無理に流し込んだ。
『……ドジはするんだろう』
行かないでほしい。でも止める権限はない。
もどかしい気持ちになりながらやっと返せたのは短い憎まれ口だった。
「それは仕方ないだろ。おれはドジっ子だからな」
『開き直るなよ』
カラッとした笑顔のロシナンテに笑みを返すも、自身がちゃんと笑えているのかどうか分からなかった。
『ロシナンテ……必ず帰ってこい』
「おう。もちろんだ」
ロシナンテが飄々と返事をする。
『言ったな。約束だぞ』
「約束か……。何年か前の「死ぬな」よりかは簡単だな」
『なに言ってんだ、それは大前提だぞ。今回も絶対に死ぬな。何があっても生き延びろ』
無理難題なのは分かっている。分かっているけれど、マルーはロシナンテにどうしても無事で居てほしかった。
ドジだろうが何だろうが死なないでほしい。