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【斉木楠雄のΨ難】鳥束だけの短編集

第34章 エスコート、あるいは育児


ほんの少しはっきりした視界は、目の前にいる男子生徒が誰なのかを把握させてくれた。

「鳥束くんも補習受けるんだ?」

そう。私に声を掛けてきた男子生徒は、隣のクラスの鳥束零太くんだ。

「そうなんスよ。わざわざ放課後に受けんのめんどくさいなって思ってたけど、水着姿の名前さん見られたんで得した気分っス!」

「そっかぁ」

興奮気味の鳥束くんの発言に対して、私はスルーを決めた。

「……そっかぁ」

決めきれなかった。

うちの高校では、男子と女子のプールの授業時間が重なることは無い。でも、補習だけは例外。進行や使用するレーンは別々だが、男女共に同じ時間に行われるのだ。
という訳で、彼の言うように異性の水着姿はなかなか見られないレアなものだ。『得した気分』と表現するのも理解出来る気はするけど、それはそれとしてこういう事を言われるとちょっと引く。

「あ゙っええっと! そろそろ集合場所行きましょうか!?」

私が引いている事に気がついたのか、鳥束くんは慌てて話題を変えた。そして、彼はスタスタと歩いていく。

「あっ……」

急な彼の動きに、思わず声が出てしまった。お、置いてかれる!

私は恐る恐る歩き出した。まだ階段を降りている訳ではないのに、やたらとゆっくりになってしまう。ぼやけている視界の中を歩くのはやっぱり怖い。
私の歩くスピードがあまりにも遅いからか、鳥束くんは「? 名前さん?」と足を止めた。

「具合でも悪いんスか?」

鳥束くんは心配してくれている。心配してくれてありがとう、でも違う、そうじゃないの……!

「しっ視力が悪くて! 階段が怖い……!」

私が叫ぶと、鳥束くんが私の元に戻ってきた。わざわざ戻ってきてくれるなんて……。
謎の感動で私がジーンとしていると、彼はそんな私の手を取って、「じゃあ、俺が名前さんを連れてってあげます」と言った。
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