第26章 この時期毎年崖っぷち
通されたのは斉木の部屋。
部屋の扉を開ける斉木に続き彼の部屋に入ると、そこには先客がいた。
「おー、戻ったか……って苗字!?」
戻ってきた斉木に話しかけた窪谷須亜蓮は、続く苗字を見て驚きの声を上げた。
「窪谷須くん! 海堂くんに、燃堂くんも! ……まさか皆……」
斉木の部屋には、窪谷須亜蓮、海藤瞬、燃堂力の三人がおり、彼らは部屋にある机を囲んで座っていた。
何故斉木の部屋に通されたのだろうか、と思っていたが、なるほど、窪谷須達先客がいたからか。
机の上を見ると、そこには夏休みの宿題やシャープペンシル、消しゴムが置かれており、彼らが宿題をまだ終わらせていない事を物語っている。
ああ、多分この三人、私と同じ目的でここに来てるんだな……。
苗字は、机の周りの空いているスペース──海堂と向かい合わせになる位置だ──に腰を下ろした。
苗字は鞄から英語の宿題を取り出し机の上に置き、隣にいる斉木を振り返った。
「という訳で、早速だけど見せてもらってもいいかな──えっコーヒーゼリー食べてる!?」
お願いをしようと斉木に話しかけたが、彼女の言葉は最後まで口にされる事はなかった。
斉木が、コーヒーゼリーを食べている。
彼はとても幸せそうな表情を浮かべており、彼の周りがキラキラと輝いているように見える。
こんなにも幸せそうな、柔らかな表情の斉木は見た事がない。
驚きに固まり何も言えなくなってしまった苗字に変わり、海堂と窪谷須が抗議の声を上げた。
「宿題!! 早く見してくれよ!!」
めちゃくちゃ美味しそうに食べてたな……。まだフリーズしている苗字の耳に、辛うじて彼らの声が入ってくる。
「写すのだって結構時間かかるんだって!」
「早く片付けてーの!!」
その声を聞いた斉木は、やれやれという表情を浮かべる。これが、写させてもらう人間の態度なのだろうか?
斉木はベッドに向かい、まるでこれから眠るかのような態度を取った。
そんな彼を見て、窪谷須と海堂は慌てて、
「寝る前にどうか一つお願いします!」
と言う。
やっと再起動した苗字も、このままでは宿題を写せない雰囲気を感じたのか、
「崖っぷちの私達を助けると思って! どうか!」
と叫んでいた。