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【斉木楠雄のΨ難】鳥束だけの短編集

第19章 さらば日常


いやいや、まさか、まさかね。まさか……。

「…………」

私はこれ程急いだ事なんてないだろうという勢いで、自室の扉を開けてリビングへ駆けた。

「お、お母さん!」

キッチンで夜ご飯を作るお母さんを見つけて、私はすかさず話しかける。

「一軒家だけど、そんなにドタバタしないでよー?」

「うっ、うん……。じゃなくて! あのさ、変な事聞くけど、私たちって今どこに住んでるっけ……?」

「どこって……S県の左脇腹町でしょう。本当に変な事聞くのね」

「そ……そっか、そうだよね。うん……ありがとう」

ここが斉Ψの世界で、かつ私がPK学園の生徒なら家の場所もこうなっているだろう事は予想がついていたが、それでも実際に言われると衝撃だった。

S県は四十七都道府県の中にはない。そんな名前の県があるのは斉Ψ世界だけだ。

つまりお母さんが冗談ではなく本気で言っているのならば、いよいよこの変な状況を現実だと受け入れなければならなくなる。

というか。

ふと思う。お母さんは、この状況に違和感を持っていないのか?

トリップしているのに気づいているのは私だけ。

皆気がついていないだけで、実は私たちの住む現実世界が丸ごと斉Ψの世界に塗り替えられたんじゃないか、なんて妄想をしてしまう。

この戸惑いを共有出来る相手なんていないのだ。

嗚呼、これこそ『苗字名前のΨ難』──。

なんて言っても誰も笑ってくれない。虚しいなこれ……。
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