第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
それからふた月程後。
「それで、近況はどうなっている」
「はい。先日報告があった通りですが
各国が同盟締結に向けた動きを見せているようです」
「逆恨みでそこまでやるとはねぇ」
「本当、馬鹿げてる」
以前報せの入っていた近隣国の動向について
一同が広間に会している。
ひと月あまり前、織田傘下の小国と
隣接する他国が領地を巡り小競り合いを始めた。
次第に焼き討ちや農耕作の妨害など
日常的な嫌がらせ行為に留まらず
互いに躍起になった挙句
両国とも規模を拡大した軍事行動に出たのだ。
目に余る諍いを制する為
織田軍が出向き、無事平定した。
しかし、それを不服とした大名は
近隣の反織田勢力をも巻き込み
どうやらこちらに攻め入るつもりらしい。
「政宗、貴様の部下から何か報告は?」
「いや、今のところ目立った動きはないな」
「光秀。貴様のほうはどうだ」
「こちらもそれ以上のことはまだ。
しかしこちらに討って出るにすれば
各国の兵力を寄せ集めたところで
たかが知れておりましょう」
「信長様、こちらは既に各自準備をさせています」
「そうか。各方面、何か掴んだら報告しろ」
「はっ!」
「今戻った」
「あ、おかえりなさい!」
淡い月灯りの差し込む天主の広縁
振り向いた迦羅が笑顔を見せる。
何度見ても飽きぬものだ。
「信長様、呑みませんか?」
迦羅の側には酒が用意されていた。
隣へ腰を下ろすと、盃が手渡される。
「何だか昼間から難しい顔をしていたので。
…ちょとでも気が休まればと思って」
「そうか」
静に酒が注がれた盃を傾けると
仄かな苦味が喉を流れてゆく。
「貴様は随分と俺を良く見ているのだな」
「当たり前じゃないですか」
「当たり前?」
「好きな人のことは自然と目が追ってしまいます。
どんな顔をしているかなんて、いつも見てますよ?」
楽しそうに笑いながら
酒も呑んでいない筈の頬が薄く染まってゆく。
喉の奥が、どうしようもなく熱い——。
空いている手で迦羅の首の後ろを捕らえ
俺のすぐ間近まで引き寄せると
至近距離に迫った大きな瞳が揺れた。
「あっっ…」
「どこまでも愛らしい女だ」