第2章 白と黒、灰と雨/中編(織田信長)
長い夜が明け始めた。
顕如たちの動向を監視していた光秀の部下たちは
何か妙な違和感を感じていた。
「…未だに僧兵を動かす気はないようだ」
「既に東国も織田も進軍し
今日には戦が始まろうと言うのに」
「近くまで迫り戦況を探るものと思っていたが…」
「あまりに悠長過ぎませんか?」
「そうだな…戦場への距離を考えれば
ここまで待つのは些か不自然だ」
其処へもう一人の部下が状況を知らせに現れた。
「どうやら此処には久野様の姿が見えません」
「別で動いているか」
「恐らく。
それから、妙な話を耳にしました」
「妙な話?」
「ええ。なんでも顕如は信長様の討ち取りに
有効な手駒を所有しているとか」
「…手駒?一体何のことだ」
「そこまではわかりません。
しかし何かしら別の目論見があるとすれば
この奇妙な状況も頷けますが…」
ここへ来て顕如一派の思惑が読めないでいた。
一向に動きを見せる気配がない。
頃合いを見計らって戦場になだれ込むではないとすると
それは一体何なのか。
「ひとまず光秀様に報告だ」
「はい」
光秀の部隊は今、此処から合戦の地へと続く
顕如一派が辿るであろう山間にその身を潜めている。
無事に辿り着くのを見届けた後
戦地の織田二軍と背後の光秀部隊
その三軍で一掃しようという手筈だった。
しかし何を企み、何を待っているのか。
顕如が動かぬ今
こちらも動くことが出来ないでいた。
——部下の知らせを受けた光秀。
「ほう…何かあるとは思ったが、手駒とは」
「久野様の姿が見えないのも気になります」
「………」
御館様を弄する有効な手駒か。
消えた久野。
そして今、この時分での戦…
未だに動く気配のない顕如。
御館様の気を引くもの——。
……なるほど、まさかとは思いたいが。
「急ぎ安土へ遣いをやり
確かめてもらいたい事がある」
「はい。何でしょう?」
「恐らく久野は安土へ戻っている。そして——」
ただの気苦労であれば良いが
恐らくそうはいかないだろう。
…堕ちる所まで堕ちた人間というのは
哀れな程に醜いものだ。
どうか無事で居ろ———