第2章 白と黒、灰と雨/中編(織田信長)
今日は、随分たくさんの星が見える。
信長様の帰りが待ちきれなくなって
広間の傍まで降りて来たけれど
薄暗い縁側の柱に背をもたれて
ただこの空をじっと眺めている。
眺める景色はもう見慣れたものだけれど
きっと、どんな気持ちで見るかってことかな。
間も無く織田軍が動く。
昼間から俄かにそんな話が聞こえていた。
わかってはいるのに
ちゃんと理解しているつもりなのに
何だろうな、この気持ち。
不安とか心配とか…
そんなのとはまた違う気がするのに。
信長様、今日はきっと遅くなるよね。
この綺麗な星空。
一緒に見たかったな。
……なんてね。
こんな所に居てもだめだ。戻ろう。
こんな顔していたら
また言われちゃうじゃない。
「何、腑抜けた顔して」
そう、良く言われるんだから。
……え?
「百面相してる時刻でもないと思うけど」
「あれ、家康」
「ここで、待ってるつもり?」
「ううん、もう戻るよ」
家康のその聞き方ではどうやら
会議はまだ終わった訳じゃなさそうだしね。
「顔、出してけば」
「え、いいよ!邪魔しちゃ悪……」
言うや否やに袖口を引っ張られては
半ば強引に広間の前に連れ出されて
「どうした、急用か」
上座から引き締まった顔の信長様に問われる。
「あの、…急用では…」
な、何て言ったらいいんだろう……
大事な会議に水を差しちゃったかも。
「帰りが遅いから逢いたくなったそうです」
「い、家康っ!」
家康なりに助け舟を出してくれたんだろうけど
顔から火が出る程恥ずかしい。
「ごめんなさい!もう行きますからっ…」
「丁度いい。貴様にひとつ聞いておく」
「はい、なんでしょう?」
「此度の戦、貴様はどうする」
どうする?
来いでもなく、連れて行くでもない。
信長様は、私自身の決断を求めている。
また、行くって言い出すと思っているのかも。
でも決めたの。
「私は……ここでお待ちしています」
「そうか」
皆は意外とばかりに驚いているけれど
信長様は僅かに微笑んで
すんなりと受け入れてくれた。
「まだ遅くなる。先に寝ていろ」
「はい。おやすみなさい」
頭を下げて広間を出ると
さっきまでのもやもやとした気持ちが
何処かへ消え去っていた。