第2章 白と黒、灰と雨/中編(織田信長)
——とある深い森の奥。
人知れず佇むような、質素な寺。
日の入りを迎え、届く陽も姿を消すと
まるで其処を隔離するかのように
鬱蒼とした樹々が
俗世の気配を呑み込んでゆく。
不穏な空気を纏う者たちがあった。
行方をくらませていた、久野の姿と共に。
「いよいよ、ですね」
「ああ。ようやく時が来たのだ」
「…思えば永いものでした」
「お前は此れで良かったのか?」
「さて、何のことでしょう」
「息を潜めて織田に居続けるのならば
お前のこの先は僅かにも安泰かもしれん」
「安泰など私には無用です」
「お前も私と同じくして復讐に生きるか」
「それが、定められた私の道なのでしょう」
それが運命と悟っているかのように
薄い笑みを浮かべる久野。
その姿を慈しむようにも
同調するようにも見ているのは……。
「やはり噂はまことであったな」
「ええ。かような者が裏に居るとは」
「急ぎ安土へ戻る。
お前たちも用心しろ。決して目を離すなよ」
「はい、光秀様」
これで第三の勢力の存在が明らかとなった。
幾重もの糸が絡み合う戦の幕開けは
最早すぐ其処まで迫っている。
…やはりそうであったか。
久野は、石山合戦の折に御館様に討ち取られた
あの将の身内であったと言う訳だ。
表ばかりの忠誠を誓い
長年に渡り復讐の機を伺っていたとは。
しかし何故今だ?
縁も所縁も無い二国をも巻き込み
その裏で動く理由が有るのか?
いや、或いは……
此方の目を欺くためならば
利用する国など何処でも良かったと言う訳か。
他国との合戦に興じれば
少からず兵は削がれる。
疲弊した所へあの坊主らとのこのこ現れ
最終的に御館様の首を獲るのが己であれば良いと。
考えたものだが、そうはさせん。
復讐などと言う産物に
そう易々とくれてやるものではないからな。