第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
…結局朝から信長様に甘やかされちゃった。
去り切らない熱に浮かされながら
膝の上に乗る信長様の髪を梳く。
この重みも、サラサラの黒髪も…
こうして信長様を甘やかせる特権も
今は私だけのもの。
膝の上で目を閉じる信長様の顔を見ていると
とても幸せな気持ちに包まれていく。
何となく髪を梳く手を止めると
信長様が目を開け、私を見上げた。
「不思議なものだな」
「え?」
「今こうして当たり前に在るものが
ついこの間までは無かったと思うと
不思議で仕方ない」
「そうですね」
「此処へ来なかったら
貴様はどのような恋をしていたのだろうな」
「急にどうしたんですか?」
珍しくそんなことを言い出す信長様。
何だか…変なの。
「そんなの、考えられません」
「何故だ?」
「…今こうして信長様が居てくれるのに
そうじゃなかった時のことなんか
私は考えたくないです」
「そう言うものか」
「はい。信長様はどうなんですか?」
もし私が此処へ来なかったら
どんな人と恋に落ちたんだろう。
聞きたいような、聞きたくないような。
すっと伸ばされた手に頬を包まれる。
「俺も貴様と同じのようだ」
「良かった。ふふ」
信長様も、不安になる時があるのかもしれない。
私と同じように。
色んなものが渦巻いて
移ろいでいく時代だけど
私と信長様の心は
今のままであって欲しい。
信長様、安心して下さい。
私は貴方と生きると決めたんですから。
たとえ戦の影から逃れられないとしても
この時代で、貴方の隣で生きると
私がそう決めたんですから。