第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
気の済むまでやれとは言ったが
まさか本当に気の済むまで
そうやっているつもりではないだろうな。
こんな時、気の甘い男であれば何と言うのか。
構って欲しいと素直に言うのだろうか。
………いや、俺には出来ぬ。
素直に言いたいと思う反面
考えるだけでも気恥ずかしい。
が、こうして捨て置かれるのも
些か釈然としない。
「迦羅」
「はい」
「待ちくたびれた」
「え?」
顔を向けた迦羅の唇が視界に飛び込んで来ると
意識してかしないでかわからぬが
自然と其処に触れていた。
啄ばむ程度の口付けだったが
みるみるうちに迦羅の頬は赤らんでいく。
「…不意打ちはずるいです」
拗ねるように唇を尖らせる様子がまた愛らしく
だが、目を逸らさないいじらしさも貴様らしい。
「では次からは予告する。目を閉じろ」
「それはそれで…恥ずかしいですけど」
「我が儘な奴だ」
「だって……っ」
言い終える前にもう一度唇を重ねた。
何故だろうな。
こんなにも近くに居て
こんなにも触れているのに
貴様をいくら感じても物足りることは無いらしい。
これが
愛すると言うことなのだな。
惜しいように唇が離れると
何故か迦羅はまたくすくすと笑う。
「何が可笑しい」
「何だか今日の信長様、可愛いなと思って」
「可愛いだと?」
「上手く言えませんけど、何となくです」
貴様は時々訳のわからんことを言い出す。
大の男を捕まえて何が可愛いだ。
「気味の悪いことを言うな」
「いえ、可愛いです」
「やめろと言っているのがわからんか」
「そうやって拗ねる所も。ふふふっ」
「…貴様」
女にからかわれていると言うのに
それが貴様であれば不思議と
胸の奥がくすぐられたような心持ちになる。
「怒りました?」
怒ってなどいないが
貴様に構ってもらう理由が出来たな。
「ああ。もう怒ったぞ」
「ふふ、嘘つきですね」
「いや、怒った」
「じゃあ、これで許して下さい」
頬に当たる迦羅の柔らかな唇。
これだけでは到底足りる訳がないだろう。
「もっとだ。貴様の身体ごと預けろ」
朝の気の中に甘やかな微笑みと吐息が溶けて——