第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
まだ夜が明けきらない頃
微かな風の音に目が覚める。
瞼を持ち上げれば見慣れた天井。
隣を見ればいつものように
腕枕で眠る迦羅の姿。
何ら変わらないことが
ひどく愛しいものに思えた。
安心したように眠る迦羅の頬を撫でると
掌には心地の良い温もりが触れる。
その瞬間、目を閉じたままの迦羅が微笑む。
「起きているのか?」
「………」
「一体どんな夢を見ているのだ」
幸せな夢であればいい。
そう願いながら俺もまた再び目を閉じた——。
————スッ…スッ……
「…ん?」
静かに響いてきた衣摺れの音に
二度目の目覚めが訪れる。
僅かに瞼を持ち上げると
朝陽の注ぐ縁に出た迦羅が
どうやら縫い物をしているらしい。
…またやっているのか。
「勝手に褥を出るな」
「おはようございます、信長様」
「俺が風邪をひいたらどうする」
「ふふ、こんなに暖かいから大丈夫ですよ」
そういう問題ではない。
俺は、物足りぬと言っているのだ。
いそいそと褥を出て迦羅の側へ寄るが
手元に集中した視線はこちらに向くことはなかった。
……つまらん。
仕方無く背後に腰を下ろし
そっと両腕を腹に回してみる。
「危ないですよ」
「俺に針を刺したら許さんぞ」
「もう…だったら離れていて下さい」
「駄目だ」
「ふふっ、我が儘なんですから」
貴様は俺と針とどちらが大事なのだ。
可笑しな嫉妬が湧き上がってくるが
迦羅が指に針を刺しても可哀想だ。
俺に刺されても敵わん。
手持ち無沙汰で目の前の肩に顎を乗せ
縫い進めていく様子を眺めていた。
「信長様…ふふっ」
「なんだ?」
「そんな所でじっと見られていたら
縫いづらいじゃないですか」
「構うな。気の済むまでやっていろ」
「でも何だかくすぐったくって」
小さく肩を震わせてくすくすと笑いながら
迦羅は手元の針を進めていった。